『耳をすませば』視聴という名の邪気退散
もう何回目なんだろう、この映画を観るのは。
金曜ロードショーでやる度に、ついつい観ちゃうのよねぇ。
ほんで、見るたびに新しい発見をする。
今回は、お母さんが大学院生だという事に初めて気付いた。
言っておくが、私は集中力が無さすぎるのでず映画をノンストップで観られない。たぶんADHDの類か何かだと思う。
なのでこんな初歩的な情報に今まで気づかんかった。
ほんで、雫と聖司の甘酸っぱいキュソキュソなシーンになる度に、
「あ゛あ゛あ゛ぁ〜〜〜」だの「ん゛ぅうぅーーん゛」
だの、言葉に表せない胸がいっぱいな気持ちをなんとか音に表現しようとしてみる。ちなみに床にのたうち回って全身でも表現している。
はたから見たら、霊媒師の手によって今まさに除霊中の人の声のそれなのである。
私の聖司くんはいつ来るのかな...
毎朝夜明け前に起きて、ベランダで張っておくべきかな。
ここの所-10°C以下だし、下手したら凍死すっかも。でも命を懸けてでも見つけたい。私の聖司くん。
うっしゃぁぁ!女子力1UP
食べた過ぎてマフィソ作った。
魚焼きグリルで。
なんか膨らみが足りねぇ。
私の乳のようだ。
とりあえずつくり方をば。
ホットケーキミックス 200g
バター 40gくらい
牛乳 150ccくらい
卵 一個
ココア 適量
きなこ 適量
バターをレンジで溶かす
卵とバターを混ぜる
ホットケーキミックスぶち込む
牛乳を3回位に分けてかき混ぜる
魚焼きグリルをあっため始める
カップに生地を流し入れる
お好みでココアやらきなこやらをぶっ込みかき混ぜる
五分弱火で焼く
アルミホイルを敷いてもう五分
またアルミホイルを取ってラスト五分
こんな感じでやりました。
味はホットケーキさまさま
きなこの方が個人的には美味しかった
今回の試作は大成功
量産に向けて動き出し、
バレンタインには、、、、
バレンタイン?!
そういえば私はバレンタインを15歳の時に自主廃止したので。
なにか嫌な思い出があったとかでなく、ただ単にめんどくせぇ。
なにゆえ自分で菓子を量産して友達に配らねばならんのだ。
と思ってからはバレンタインと縁遠い生活を送ってきました。
大学生の時に百貨店のバレンタインのバイトおばちゃんに応募したけど、落ちた。
そりゃそうやな、自分からバレンタインを拒絶したんだから、バレンタインの神も私を見捨てるはずだよ。
粛々と、淡々とー『この世界の片隅に』を観てきた。
日曜日なので、前から気になっていた『この世界の片隅に』を観てきた
一般料金を払いたくなくて、モーニングショーで見ました。9:40からなのに、起きたら8:30。
映画館までは30分ほどかかる距離。
すっぴん髪ボサ、服はパーカー穴開きジーパンのホームレススタイル(これがデフォルト)で行ったよ。
冷気がジーパンの穴の肌にばっしばし触れて痛かった。
なんとか9:45に映画館に到着し、
オープニングから観ることが出来ました。
ストーリーのあらすじとしては、
主人公のすずが、広島・江波から呉に嫁ぐわけ。この時既に太平洋戦争が始まっていて、すずの日常にどんどん戦争が忍び寄ってくる。
日々戦況は悪化し、空襲も激化。そして、原爆が落とされ...。という事なんです。ホントにおおざっぱ。
正直、今まで観てきた太平洋戦争をモチーフとした映画やドラマとはなんか違う。観終わった後、その「なんか」をようやく言語化できたので、以下に感想を書き連ねて行きます。
※以下ネタバレばっしばし書くので、『この世界の片隅に』を観に行こうと検討している方は読まん方が良いかも。あとこれから漫画読もうとしている方も。
なぜ他の戦争ものの作品と違ったかと思うと、たぶん、他のレビューサイトにも書いてあるけど、戦時中ではあるけれど「日常」を主眼に置いて描かれているからなんだよね。
そうは思ったんだけど、え?よく終戦記念日間近でやってるようなドラマも日常描かれてるっしょ?
とと姉ちゃんでも、戦時中でも日常を映し出して、「たとえ戦時中でも、日常の小さな幸せ大切にしようよ」みたいな事言ってたよね?と自分の中に矛盾が発生したんですがね。ええ。
では何故、それでも私がこの映画は他の戦争物語とは違う「日常」が描かれてると感じたのかというと、
「戦争」そのものに対して主人公の考えが述べられていない(ほぼほぼ)からかなと。
他の戦争ものだったら、空襲に遭ったり、配給が不足するシーンがあったら、口には出さずとも「この戦争はいつ終わるのだろう」だったり、竹槍の訓練をして「鬼畜米英には絶対勝つ」だったり、「お国のためになんとやら」だったり。と戦争や敵国そのものに対しての描写があるイメージなんですよね。
そういったものが無い。
空襲が起これば防空壕に入る(一回、入らんで鷺を追いかけるシーンもありますが)
配給が少ないとなれば、近所の奥さんに聞いて、野草なんかを使ってカサ増しした料理を作ったり。
なんだか、淡々と状況を受け入れて、淡々と対処する。そこには一切の「戦争」そのものへの疑念は無い。
もしかしたら、戦時中ってすずのように、異常な状況であるのにも関わらずに、なんの事なく受け止めてしまって「戦争」そのものに疑問を抱かない人の方が多かったのかな?と思った。
こんな生きるか死ぬかのギリギリな生活をしていたら、目の前の事だけに焦点があてられて、物事を俯瞰出来なくなるような...。
あと。戦時中といえども1日の全てを戦争に捧げている訳では無い。って点もちょっと驚いた。
戦争中でも人を好きになる気持ちはあるし、
小姑に小言いわれて悩む事もあるし。
一人の人間として、必ずしも考え事の全てが戦争に繋がっている訳でも無いのだなと。当たり前なんだけど。
そう考えると、日常生活も私がイメージしてるのと違った。
普通に映画に行こうとしていたシーンもあったし、
遊郭もあったんもびっくり。そこの女の人は汚いモンペじゃなくて、綺麗なお着物を着てて。
ムーンライトセレナーデ聴いてたのもびっくらこいた。完全に敵国の音楽やん。
今まで私が得た戦争イメージとはちょっと違った映画だったんだよね。
みんなガッチガチに総動員されて、朝から晩まで戦争の事を考えて。戦争自体に疑問を持っていて。
でも、みんなその日その日を懸命に淡々と粛々と生きている。
だからこそ、空襲のシーンだったり、主人公の右腕とハルミをなくして、原爆までのシーンがより悲惨に映った。それまでその右手やハルミがどれだけ愛おしかったのかが丁寧に描かれていたから。
この映画を観て、もっとこうゆう戦時中の日常を知りたくなった。できれば今の私位の年齢で戦争を体験した方の。
戦争の悲惨さを知るのも大切だけれど、この時は誰の事が好きで、こんな事があって、こんなものを食べていて、学校でクラスメイトがこんな事件を起こして、、とか、、、。
そして、ただ単に日本人の戦争経験者の方だけでなく、全世界の。
日本の敵といわれていた、アメリカやイギリスの戦争経験者はどのように日常を生きていたのか。未だ戦争問題でわだかまりの残っている中国や韓国は?
この瞬間も、どんどん戦争を経験した人は居なくなっていく。構想だけじゃなくて、現実にしてみたいな。と思ってしまいました。
私が人に尽くす人間だとでも思ってんの?
会社の飲み会で、隣の席の上司にお酌をしまくっていたら、
「意外と世話好きなんだねー。尽くすタイプでしょ?」と聞かれた。
私は全くもって人に尽くすタイプではない。
こまめにお酌をしていたのは、ホステス時代の名残であろう。
私には父と弟がいる。
この2人が私の人生の中で最も長く、そして濃く時間を共有している異性だ。
父はアメリカのホイップクリームか?と疑わざるを得ない程、娘の私にゲロ甘だし
弟は手下として見なしていた。
2人は私の言う事を聞いてくれる存在なのだ。
もちろん、常にゲロ甘でなく、それと同じくらい厳しく教育された事もあったし、
手下が謀反を起こして大ゲンカした事もしょっちゅうだ。
でも基本的にはお願いを聞いてくれて、
私の中の心理では、どこかで
男性=言う事を聞いてくれる人=尽くしてくれる人
の図式が成立しているように思われる。
だから、彼氏に求める事も旦那に求める事も「言う事を聞いてくれる」事なのだ。
ワガママ聞いてくれるというか、私の意見を通してくれる感じ?ヘゲモニー政党体制的な?
だから、亭主関白は無理だ。
関白宣言を出された途端、私は荷物をまとめて出て行くと思う。
まぁ、旦那見つけてからせいって話ですけどね。
たどり着けない
今日はあるイベントに参加するため、札幌へ。
割と札幌からは時間掛かる所に住んでおるのですが、フットワーク軽く定時ダッシュで行ったぜ★
が....行けなかった。
方向音痴バクハツ★★★
なんか、香港といい、今回といい、
行けない事多いなぁ最近。
行くな!って言われてるような気がする。
諦めてススキノでタイ料理食べて帰ってきた。
そのタイ料理屋さんも、最初場所忘れてしまって、客引きのにーちゃんに聞いてやっと探し当てられた。グーグルマップがあればまだ自力で探せたんだけどね。充電切れちゃって。運悪すぎかよ。
でもね、そこのタイ料理の店員さんが話しかけてくれたの。
私のケータイカバーがルノワールだったの。
店員さんも好きだったらしく、ちょっと盛り上がった。
最近、無味乾燥な仕事をしてたので、人間て暖かいなぁーと。しみじみ(笑)
帰りは明日の朝ごはんを30%OFFで買えたし。
何よりも、平日仕事帰りにフラッと札幌行けるじゃん!って事を発見した。
非常に有意義ですた。
デートの下見で、チームラボアイランド 踊る!美術館と、学ぶ!未来の遊園地に行ってきた。
どうも。
平日ってなかなかブログのネタが無くなりますね。社会人生活って思ったより過酷っすね。
さてさて、本日はデートの下見?として
サッポロファクトリーの『チームラボアイランド 踊る!美術館と、学ぶ!未来の遊園地』に行ってまいりました。
本州ではチームラボの展覧会って結構やっていると思うのだけれど、やっと北海道にも来てくれました。
北海道初開催、、だよね、、?!
客層は日曜日という事もあり、キッズ連れのファミリーが多かったっす。
女2人で行ったんだけれども、ファミリー>カップル>女の子同士であった。
圧倒的マイノリティ。
まずは、美術館の方へ
幻想的。
あたかもアート作品の中へ入り込んだかの様。
確かにそこでは我々もひとつのアートとなっておったのだ...
この展覧会で掲げていたのが、
『超主観空間』
西洋絵画で長らく主流だった『一点透視法』や『遠近法』でなく、日本の絵巻物や屏風に見られる様な、よりワイドなものの見方をデジタルアートを介して表現している。
この説明で正しいのか自信が無いので、詳しい事を知りたい君はグーグル先生を参照にされたい。
いや、この展覧会来る前はね、
キッズ向けのデジタル水族館やってる所だよね、チームラボって。
なイメージだったけど、
途轍もなく高尚な哲学に基づいて、ハイレベルな技術でアプローチしている事が分かった。天才集団かよ。
この作品は、ムービーに合わせて自分も浮いたり飛んだりしている感覚に陥った。
ただ突っ立ってただけなのに。
水族館の方にも行ったんだけど、キッズ達が多すぎて熱気ムンムンすぎてすぐ出ちゃった。
23歳の色気ムンムンの私たちには、ちょっとキッズ向け過ぎたか、早く子供作って子連れで一緒に入った方が良かった。
この展覧会に一緒に行きたいのは
文化系のイケメンですね。
黒ぶちメガネ掛けて、普段物静か。
理系だけど、現代文の作者の気持ちもよく分かる人が一緒に行くには相応しいかと。
飛田で人間のむき出しを知る
それは大学3回生の頃の合コンのこと。
相手も同じ大学生で、私たちは正に青春というものを謳歌していた。とっても若かった。
割と珍しく盛り上がった会で、みんな結構酒を飲んでいた。
そしたら、男の1人が、
「こいつ、飛田行ってんねんで〜」と隣の男の子を指差す。
指された男の子は「あはははは〜」と、たぶんその夜、大阪で一番しょうもない薄ら笑いをしていたと思う。
私以外の女の子も、「へ、、へぇ〜へへへ」と、決して心の底から笑ってはいなかった。
私に至っては、
「飛田とは、はて?」状態だった。
生れが最果ての大地・北海道なもので、
飛田という所がどんな所なのか情報が入ってこず、ここまで生きていた。
たぶん北の大地の紳士にも知っている人は居るのだろうけど、ウブ(笑)でピュアピュア(笑)な私はなんのことかさっぱりだった。
話の続きを聞いてみると、どうやらいかがわしい所らしい。
しかし、普通の風俗街では無いことが会話の中から読み取れた。
その時から、私の中の飛田への飽くなき好奇心が生まれたのである。
飛田。正式名称の飛田新地とは簡単に申しますと
大阪市・西成区にある黙認された風俗g...否、紳士達の極楽らしいです。昔は遊郭だった様です。
新世界とかと同じエリアにあります。
観光客が串カツ食って通天閣見てる間に、近くではあんな事❤️やこんな事❤️が行われているヘヴンがある訳です。
飛田新地が特殊と云われる所以は、
表向きは料亭なんすよね。
グーグルマップとかで検索して頂ければ分かるけど、料亭が立ち並んでるのよね。
ほんで、料亭に来たお客さんと、そこで働く女の子が出会って、恋に落ち、あとは流れに身を任せ...。というストーリー仕立てです。
飛田でやってる事と似た様な業態がソープらしいのだけれど、大阪って、基本ソープ無いらしいです。
1990年に行われた花博に合わせて、一斉に摘発したようです。世界にこんなの見せられませーん。って事で。
花博があったから、料亭という表向きを取ったのか、それ以前からこのスタイルだったのか。それは分からねぇ。教えてエロい人!
まぁ料亭だったら摘発のしようがないもんね。
前段が長くなりましたが、
やっとこさ、今までずっと読みたかった本を読む事ができました。
遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白 飛田で生きる (徳間文庫カレッジ)
- 作者: 杉坂圭介
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2014/10/24
- メディア: Kindle版
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飛田で"親方"として、店舗経営を10年間されていた方が、飛田の内情を語った作品です。
飛田新地の中には入れない私には、飛田の内側を知れる貴重な一冊だった。店の女の子になれば別なんだろうが、私にはそんな美貌も無いし、勇気も無い。
著者は、親方になるまでの経緯、オープンまでのドタバタの日々、飛田に関わるアクター(親方、女の子、オバちゃん)の説明など、事細かに描かれている。
一番この本読んでてね、グサッときたのはね、
オバちゃんが「どんなに綺麗な子でも、魅力的な笑顔が無いと客はつかへん」的な事を言っていた事ですね。
ちなみに、オバちゃんとは店の前で男性客に声を掛ける役目の老年の淑女である。
オバちゃんの腕次第で、店の売り上げが左右されるらしいので、侮れないのだ。
いやはや、私は魅力的な笑顔が出来てない。
というか普段は無表情に近い。表情筋が死に絶えている。
飛田の美女達でも笑わないとお客がつかないのに、私は笑わなければ何もつかない。害虫だって寄り付かないだろう。
なので、今週の目標は「魅力的な笑顔」だ。
ただし、仕事中はマスクを着用するため、口元が見えず、魅力は8割減だ。
後はね、こうゆう商売を含めね、水商売ってスゲーわ。
学生の頃、腰かけ程度にホステスをやっていた端くれだったんですがね、
水商売は究極のサービス業だと思うんだよ。
別に好きでも無い人に疑似恋愛を提供するんでしょ?!
相手の恋心を満たすサービスなんですよ?!
ホスピタリティの塊ですよ彼女たちは。
プロのお姉さんの恋心を満たす技の数々を間近で見てたら、わたし本業ではやれねぇわぁ。ってなったよ。
しかも飛田の女の子はゆーたら、最後までしちゃう訳だからね。人間の本能を満たす仕事だからね。凄くね?
ほんで、プロ根性持った女の子の事例も幾つか紹介されている訳ですが、
プライド持った仕事ってカッコいいよね。
わたしなーんのプライドも無いもん。無さすぎて悟ってるもん。
そうゆう「強さ」もある女の子達だけれど、
同時に「弱さ」もある。
ほとんどの子たちが、一度飛田を辞めても、また戻ってくるのだそうだ。
家族を養うためだとか、自分で学費を稼ぐだとかいった確固たる目標を持った子たち以外は。
そうゆう子を「飛田依存症」と著者は呼んでいる。
長いスパンを経て戻ってきた女の子は、前と同じ様に稼げるだろうという心持ちで始めるのだが、何故だか稼げない。
何故だか分かる?美貌が経年劣化しているから。こんな残酷ってあんのかよ、、、。
どうやら、飛田という街は、客の性欲、働き手の金銭欲が渦巻き、みんな「むき出し」で生きている所なんだなぁと思った。
普段、私のいる環境は全然むき出しじゃない。包茎レベルだ。
でも、人間って皮を剥いでいくと、むき出しになる。本作はむき出しをありのままに描いた作品だと思ったよ。ちゃんちゃん。